植物の栄養環境応答の新しいしくみを発見
~ 植物の窒素利用効率の向上と生長促進への応用に期待 ~
ポイント
- 高窒素環境下で植物の根の生長を抑制する新たなメカニズムと制御因子を発見しました。
- 高窒素環境に置かれた植物では、アミノ酸の一つであるグルタミン酸がシグナル分子として地上部から根に輸送され、このたび同定されたペプチド LOHN1 の作用を介して側根の形成を抑制することが明らかになりました。
- LOHN1遺伝子は陸上植物に広く保存されており、本研究成果は農地における作物の窒素利用効率の向上や生長促進への応用が期待されます。
■概要
植物は土壌中の窒素濃度に応じて根の構造を大きく変化させます。窒素が豊富な環境では「窒素が十分に存在する」と判断し、不要なエネルギー消費を避けるために根の生長を抑制することが知られていましたが(図1)、その詳細なメカニズムはこれまで不明でした。
このたび、九州大学大学院理学研究院の楠見健介 講師、伊藤和洋 大学院生(研究当時)、園田智也 大学院生らの研究グループは、神戸大学大学院理学研究科の深城英弘 教授、九州工業大学大学院情報工学研究院の花田耕介 教授、中部大学応用生物学部の鈴木孝征 教授、熊本大学大学院先端科学研究部の檜垣匠 教授らの研究グループとの共同研究により、モデル植物のシロイヌナズナ(※1)を用いて、高窒素環境で根の生長抑制に働くペプチドLOHN1と、LOHN1が関わるこれまで未解明の高窒素情報シグナル伝達のしくみを明らかにしました。
LOHN1遺伝子の発現を改変した植物を解析した結果、植物が高窒素環境に置かれると窒素代謝が促進され、その結果アミノ酸の一種であるグルタミン酸が地上部から篩管を通じて根の先端部へと運ばれ、そこでLOHN1遺伝子の発現を誘導することが分かりました。さらに、発現したLOHN1ペプチドは篩管細胞から根の表層に移動し、側根(※2)の密度を抑制制御することが明らかになりました。
本研究で得られた知見は、他の多くの植物種にも応用可能であり、作物の窒素利用効率の向上や、施肥に対応して根の生長を人為的に制御することが可能になることが期待されます。
本研究成果は、2025年10月25日午前0時(日本時間)に、米国の科学誌「Current Biology」オンライン速報版に掲載されました。
図1?シロイヌナズナにおける窒素環境の変化に対する根の生長の変化の模式図
高窒素環境においては、エネルギー消費を抑えるために側根の生長が抑制されるが(A)、LOHN1破壊株では抑制されず生長し続ける(B)。
■ 研究者からひとこと:
今回の研究により、古くから知られていた「高窒素環境における根の形成抑制」のメカニズムが明らかになりました。今後は、LOHN1が関与する、オーキシン輸送を介した側根密度の調節機構の解明を目指します。(楠見 健介)
■研究の背景と経緯
植物は、土壌中の窒素濃度環境に応じて根の形態を大きく変化させ、窒素の吸収を最適化します。これまで、低窒素環境で根の形成を促進するメカニズムについては多くの研究が行われてきましたが、高窒素環境において根の形成を抑制するメカニズムについては未解明で、未知の鍵因子の存在が予想されていました。本研究グループは、解析が進んでいない、シロイヌナズナのゲノム上の小さなオープンリーディングフレーム(sORF、※3) に着目し、それらの中から側根形成の窒素応答に関わるsORFを見いだし、LATERAL ROOT OVERPRODUCTION UNDER HIGH-NITROGEN CONDITIONS 1 (LOHN1)と名付けました。
図2?LOHN1が関わる全身性高窒素応答シグナル伝達の概要図
グルタミン酸(Glu)が地上部から根へのシグナル物質として機能し、LOHN1はGlu受容体GLRの活性化によって主根端の篩部細胞で発現したあと根の表層に移動し、側根形成の開始を制御する。
■研究の内容と成果
はじめに、本研究グループはLOHN1遺伝子の破壊株(LOHN1-KO)の表現型解析を行いました。高窒素環境下において、野生株と比較してLOHN1-KOでは根の生長が抑制されず生長し続けます(図1)。シロイヌナズナの根は発芽後最初に形成される主根と、主根から分岐する側根に分類されますが、LOHN1-KOでは野生株と比較して側根密度が増加しており、主根の生長には影響が認められませんでした。LOHN1遺伝子の発現は主根先端部で高窒素環境下において誘導されることから、LOHN1遺伝子は高窒素条件下で側根密度を抑制する機能を持つことが示唆されました。
次に、根を2束に分けてそれぞれを高窒素および低窒素培地にさらす「根分け実験」を行ったところ、主根先端部におけるLOHN1遺伝子の発現は、低窒素側の根でも高まることが確認されました。この結果は、LOHN1遺伝子が全身性の高窒素応答シグナル伝達に関与していることを示しています。また、地上部で窒素同化を律速する硝酸還元酵素の欠損株nia1nia2では、LOHN1遺伝子の発現が著しく抑制されていました。加えて、窒素同化産物であるグルタミン酸の添加によりLOHN1遺伝子の発現が誘導され、逆にグルタミン酸合成阻害剤の添加により発現が抑制されました。さらに、LOHN1遺伝子の発現部位である、主根先端部の篩部細胞に局在するグルタミン酸受容体 (※4) の欠損株glr3.2glr3.4では、LOHN1遺伝子の発現が著しく抑制され、LOHN1-KOと同様に側根密度が増加しました。これらの結果により、LOHN1遺伝子の上流の高窒素応答シグナル伝達においては、地上部から根への長距離シグナルとしてグルタミン酸が機能していることが明らかとなりました。
LOHN1遺伝子は、約50アミノ酸残基からなるシステインリッチ型ペプチド(CRP)をコードしています。主根先端部におけるLOHN1遺伝子の発現パターンとペプチドの局在を調べたところ、LOHN1遺伝子は篩管細胞で発現していましたが、翻訳されたLOHN1ペプチドは根の表層に蓄積していました。さらに、大腸菌で発現させたLOHN1ペプチドを培地に添加すると、LOHN1-KOの表現型は野生株と同程度に回復しました。このことから、LOHN1ペプチドは根の篩管細胞から表層細胞へ移動して情報を伝える役割を持つと考えられます。
さらに、側根密度の制御に対するLOHN1の作用を調べました。側根形成は、根の先端部にある分裂組織から少し離れた「オシレーションゾーン」と呼ばれる領域で、植物ホルモンであるオーキシン (※5) への応答が一過的に高まり、それにより側根創始細胞 (※6) が形成されることで開始されます。オーキシン応答レポーターDR5 (※7) を用いた解析により、高窒素環境下で生育したLOHN1-KOでは、オシレーションゾーンにおけるオーキシン応答の増減間隔が野生株よりも短くなり、側根創始細胞の密度が増加することが分かりました。さらに、LOHN1が発現する主根端組織を用いたRNA-seq解析 (※8) の結果、LOHN1-KOでは組織間のオーキシンの輸送に関わる遺伝子群の発現が野生株に比べて抑制されていることが明らかとなりました。これらの知見から、LOHN1は根の表層細胞においてオーキシン輸送の制御を介して、側根創始細胞の形成を抑制する役割を担っていることが示唆されました。
以上の実験結果を総合すると、植物が高窒素環境下に置かれることで、地上部における窒素同化が促進され、その結果、窒素同化産物の一つであるグルタミン酸が篩管を通って根へと輸送されます。根の先端部に到達したグルタミン酸は、グルタミン酸受容体によって認識され、それによりLOHN1遺伝子の発現が誘導されます。翻訳されたLOHN1ペプチドは篩管細胞から根の表層細胞へと移動し、オーキシン輸送の制御を通じて側根形成の開始を抑制します(図2)。
本研究により明らかとなった、LOHN1が関与する全身性の高窒素応答シグナル経路は、これまでその存在が予想されながらも分子実体が不明でした。また、地上部から地下部へのシグナル分子として機能するグルタミン酸は、20年以上前にグルタミン酸受容体が発見されて以来、長距離窒素シグナル分子の有力な候補とされてきましたが、これまで直接的な証拠は得られていませんでした。本研究により、これらの仮説が初めて実証されました。
■波及効果
LOHN1遺伝子を欠失した植物では、高窒素環境下でも根の生長抑制が起こらず、地上部を含む植物全体の生長が促進されます。近年、農地における窒素肥料の過剰施用や窒素利用効率の低さが問題視されていますが、本研究成果はこれらの課題の改善に貢献することが期待できます。また、LOHN1遺伝子はコケ植物を含む陸上植物に広く分布しており、その構造も高い保存性を示しています。このことから、本研究で明らかになった高窒素応答メカニズムは、植物が環境に適応するために用いる普遍的な仕組みであると考えられます。本研究で得られた知見は、他の植物種にも適用可能であり、さまざまな作物への応用が期待されます。
■ 用語解説
(※1) シロイヌナズナ
アブラナ科に属する小型の一年生植物。 学名はArabidopsis thaliana。2000年に全ゲノム配列が解読された。世代交代が早い、小型で栽培が容易、 ゲノムサイズが小さく遺伝解析がやりやすい、遺伝子操作が容易などの理由から、モデル植物として幅広く植物研究の材料として利用されている。
(※2) 側根
既にある根(主根や種子根など)から分岐して生じる根。
(※3) sORF(short open reading frame)
ゲノム上で、1~100アミノ酸長程度の短いペプチドをコードする領域。
(※4) グルタミン酸受容体
グルタミン酸を主として受容する受容体。シロイヌナズナのゲノム上には20種類のグルタミン酸受容体が存在する。
(※5) オーキシン
植物ホルモンの一つ。細胞の伸長や分化、分裂を促進することで、形態形成や組織分化、光?重力などへの応答を制御する。
(※6) 側根創始細胞
将来、側根となる細胞群。シロイヌナズナにおいては、オーキシンの作用により根の内鞘組織の細胞の一部が、側根創始細胞として非対称に分裂することにより側根の形成が開始される。
(※7) DR5
オーキシンに応答して隣接する遺伝子の発現を誘導する人工的なDNA配列。蛍光タンパク質遺伝子などを用いることで、細胞や組織におけるオーキシン応答を可視化することができる。
(※8) RNA-seq解析
次世代シーケンサー(NGS)を用いてRNAの塩基配列を読み取る手法。転写産物を網羅的に定量することが可能なため、細胞や組織においてどのような遺伝子がどれくらい発現しているか調べる目的で利用される。
■ 謝辞
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:JP22K06283, JP23H04204, JP24K02046)、 文部科学省(MEXT)科研費(課題番号:JP20H03279, JP19H05673)科学技術振興機構(JST)CREST(課題番号:JPMJCR1505)、次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号:JPMJSP2136)、東レ科学技術研究助成、住友財団環境研究助成(課題番号:213119)の支援により実施されました。
■ 論文の詳細情報
| タイトル | “Arabidopsis LOHN1 peptide modulates lateral root spacing under the control of systemic nitrogen-satiety signaling” |
| 著者名 | Kazuhiro Ito*1, Tomoya Sonoda*1, Yuki Hisanaga*1, Kentaro P. Iwata*2, Chieko Goto*2, *3, Kazumasa Shirai*4, Mana Goto*1, Ayu Yamamoto*1, Atsushi Mabuchi*1, Takumi Higaki*5, Boseok Song1, Juntaro Negi*1, Takamasa Suzuki*6, Hidehiro Fukaki*2, Kousuke Hanada*4, Koh Iba*1, Kensuke Kusumi*1 |
| 所 属 | 1. 九州大学、 2. 神戸大学、3. 大阪大学、4. 九州工業大学、5. 熊本大学、6. 中部大学 |
| 雑 誌 | Current Biology |
| D O I | 10.1016/j.cub.2025.09.060 |
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TEL: 093-884-3007
E-mail: pr-kouhou*jimu.kyutech.ac.jp
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TEL: 0568-51-5541(直通)
E-mail: chubu-info*fsc.chubu.ac.jp
熊本大学 総務部総務課 広報戦略室
TEL: 096-342-3271
E-mail: sos-koho*jimu.kumamoto-u.ac.jp
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